玄関のドアを開けたら河童がゐた。
小柄で背中は丸く、その肌は紙やすりのようにカサカサで、目だけは深い沼のようにつややかな黒だった。
河童なんてものがまだこのご時世にいるなんてことに驚いたが、何故だか驚くのも失礼な気がして、そのまま部屋にあげた。
「このご時世でございましょ」
ソファに座った河童はこちらの考えを見透かしたように言った。いや実際、見透かしていたのかもしれない。
「なかなか世知辛いんでございますよ」
聞けば、今まで働いていた回転寿司屋が潰れてしまい、郷里に帰ろうか思案中だという。
「クニに帰ってもね、あっちはあっちで格差社会だし。ほら、生まれた時の成績で、アルファ、ベータ、ガンマってクラスわけされちゃってるでしょ。私なんてカッパクラスの河童だから、なかなか仕事も無いしね。
手に職って言っても、作れるのはカッパ巻きだけだし…」
「ちょっと失礼してよろしゅうございますか」
そう言うと河童は、カバンの中からペットボトルの水を取り出した。そうして頭にかぶっていたハンチングを取ると、あらわになった頭の皿に、とぽとぽとぽとペットボトルの水を注いだ。
「ああ生き返る。ほんとにこればかりはやめられませんな。どれもう一本」
河童はまた、ごそごそとカバンの中を探し始めた。
「おやおかしいな。確かに二本入れといたはずだが…いやそんなはずは…ええ困った」
河童は途端にそわそわし始めた。
ソファの上でモジモジして、とうとう意を決したように切り出した。
「あのう…すみませんが、すこうしばかり冷蔵庫をのぞかせてはもらえませんかね。いえね、こういうのは真っ当な河童の言うことじゃあございませんが、どうにもこうにも限界で…ええい、失礼っ!」
いうが早いが河童は冷蔵庫に飛びついて勝手に冷蔵庫のドアを開けた。
困りますよ、と声をかけたがどうにも止まらない。
「あった!すみません申し訳ないごめんなさい失礼します」
河童は冷蔵庫に入っていたペットボトルを引っ張り出すと、手荒くキャップを外すと中身を一気に頭の皿にかけた。
「ふう一息ついた…おや、なんだか良い気持ちに…なんですかこりゃ。初めて浴びる味です。こりゃあいい」
やれやれ、とぼくはため息をついた。せっかく明日職場で飲むつもりだった、透明なビール味飲料が空っぽだ。
「うい〜酔っぱらっちゃった〜いや〜結構な心持ちで。旦那、こりゃ最高ですな」
誰が旦那だ。
アルコールは入っていないはずだけど、と僕が言うと
「あたしら河童には下戸も多くてね。これくらいがちょうどいい。そうだ!旦那、これどこで手に入りますかね。クニの仲間にも分けてやりたいんでさあ」
そういうと河童は透明なビール味飲料を箱買いしてクニに帰って行った。
先日、河童から暑中見舞いが届いた。
あのとき買って帰ったビール味飲料を元手に、カッパの国で今では手広く飲食店チェーンを経営しているという。
人生、成功のタネはどこに転がっているかわからないものだ。