今日のネタ帳

悪ふざけの話中心です。笑っていただければ幸いです。

大村上春樹夫『ハルキな親娘』より

〈「完璧な教師は存在しない」ぼくは言った。「完璧な生徒が存在しないようにね。」
「だから」ぼくは続けた。「君は学校に行きたくないかもしれないし、行きたくなくもないかもしれない。だけど学校には行ったほうがいいかもしれないし、行かないほうがいいかもしれない」

 

「アルデンテ」彼女が言った。
「え?」
「アルデンテ。ちょうどよい茹で加減」
「よくわからないな」
「あなたはーあなたっていうのは、パパのことだけど」彼女はこちらを向いた。
「あなたは何かっていうと『やれやれ』と言ってすぐにスパゲッティを茹で始める。硬過ぎず柔らか過ぎず、一本芯が通ったちょうどいい硬さ」
彼女が言った。
「そんなアルデンテのつもりで説教してる。ネ・ス・パ?」

 

「ぼくは」
口が乾いた。
「君の父親だ。遺伝学的にも、社会的にも。」
やれやれ。

生きていると、時には苦手な役を演じなければならない。例えば、立派な父親とか。
「父親に向かって、『あなたは』なんて呼びかけるのは、感心しないな」

 

「その説教は」彼女ー我が娘のことだーは言った。「長くなるの?」
「長過ぎず、短過ぎず」ぼくは言った。「理想的なスパゲッティのようにね」
「でもベタついて、こんがらがっている」彼女は言った。「理想的な説教は存在しない」彼女は窓の外を見つめた。「理想的なスパゲッティが存在しないようにね」〉
村上春樹夫著『ハルキな親娘』より(嘘)

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

 

 

『天気の子』で、水没した東京をなぜ人々は捨てなかったのだろうか。

〈ネタバレあり〉

新海誠監督『天気の子』では、東京に雨が降り続く。ずっと、ずっと。
時折降り止む雨と、雲間から差し込む陽の光、ひととき広がる青空に人々は、歓喜する。
光に照らされた街は美しい。新宿の路地裏、代々木の廃ビル、渋谷の交差点。
なにしろ雨が降り続くものだから、東京は、水没する。

水没した東京の街にも、しっかりと人々は息づいている。
一軒家を捨て、古びたマンションの中層階に引っ越し、船で学校や会社に通っている。
何があろうと、たとえ世界が狂っていようと、僕たちは生きていかなければならない。いや、生きていける。ぼくたちは、大丈夫だ。そんなメッセージなのかもしれない。

だがふと気になるのは、なぜ人々が水没した東京を捨てないか、ということだ。
アメリカ人なら、東京が水没すると分かればさっさと新天地を目指すのではないだろうか。「行こう、ここもじき海に沈む」とか行って。
水没する東京にしがみつく人々は、賞味期限の切れたレガシーにしがみついて「ぼくたちは、大丈夫だ」と言い続ける日本人の暗喩なのだろうか。

 

ラストシーンは水没した東京の街で、それでも主人公たちは再び出会う。

あれは「終わりなき日常を生きろ」ということなのだろうか。『ムー』のようなカタストロフィは訪れず、いや訪れたとしても無理やり目をつむって生きていってしまう、ということなのかも。
監督の真意としては、「雨の晴れ間ってきれいだよね」「水没した東京って見てみたくない?」「真夏の渋谷に雪がふったらびっくりだよね」「雲の上って何かいそうだよね」「よっしゃ、ワシがそういう光景をみんなに見せたるで!あちこちから金引っ張ってきて作ったる!世界をキャンいわしたるで!」ということだと思うが。

 

大人になってスレてしまった身としては、なぜ人々は水没した東京を捨てなかったのか」ということがどうしても気になってしまう。

 

いやもしかして。
映画には描かれなかったが、水没した東京を捨て、新天地を目指した者たちもまた、いたのかもしれない。
ある者は北へ、ある者は南へ向かった。海外へ移った者もいただろう。
北へ向かった人たちは、やがて北海道に定住し、そこをノースエリアと呼んだ。
南へ向かった人たちは、福岡を中心に暮らし、そこをサウスエリアと呼んだ。
しかし分断された日本はすでに以前のような国力を持ち得ず、ノースエリアは中国の、サウスエリアはアメリカの保護下に置かれてしまう。
そのとき主人公の柳舷一郎は台北で(日記はここでとぎれている)

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

 

 

真夏の出勤を乗り切るライフハック。

連日暑い日が続きますね。
こう暑いと仕事なんかしたくないというのが本当のところですが、社会人としてそうも言ってられません。
暑い中、なんとか職場へと体を運ばなければなりません。
そんなときにぴったりのライフハックをご紹介!
やり方は簡単。
朝、出勤の際、自宅のドアを開ける瞬間に、こう呟くのです。
「そしてまた、俺たちの『甲子園』が始まる」。

ビジネスパーソンにとって、毎日のビジネスは高校球児にとっての甲子園のようなもの。
高校球児たちが猛暑の中、甲子園を戦うように、ビジネスパーソンもまた、それぞれの『甲子園』を戦うのです。
このライフハック、非常に効果的ですので今日からぜひお試しください!
ま、ぼくは夏休み中ですが。

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

 

 

小泉進次郎氏と滝川クリステル氏の結婚で林真理子氏が書きそうなことを予想。

令和のビッグカップル!前からもしやとは思っていた。私は進次郎さんのことも滝川クリステルさんのことも以前からよく存じ上げている。何人かで食事をしたときにもなんとかかんとか。それにしても若い二人の幸せなニュースというのはいい。暗いニュースばかりが続いているが、未来を感じる。お父様の純一郎さんもステキだけど、ほんとうに美男美女のカップルで、お二人の子どもさんはどれだけかわいいんだろう、というようなことを林真理子氏が週刊文春のエッセイ『夜更けの縄跳び』で書くんだろうなーと予想しながらニュースを見たりする日々。

「わたし有名人とよくご飯食べにいくの」アピールと「わたし恋愛に詳しいの」アピール、「わたし若い人と親しいの(実際には進次郎氏も滝川氏も「若い」年代ではないが、認識のずれがある)」アピール、「小泉純ちゃん大好き!」アピールなどを盛り込んでみました。

 

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

 

 

ドトールコーヒーでタピオカミルクティー売り切れに思う。

タピオカミルクティが飲める!と喜び勇んでドトールコーヒーに朝一番に到着したのもつかの間、出迎えてくれたのは「売り切れ」の一言。
予想以上の売り上げのため、8月4日まで販売中止らしい。
なんだ、みんな飲みたかったんじゃないか。


女子高生に大人気のタピオカミルクティをドトールコーヒーが発売したところ売り切れ、という出来事から学べることはいくつもある。
女子高生から始まった大流行がドトール中年男子にも広がったということは、タピオカのブームの終わりの始まりかもしれない。
あるいは、タピオカミルクティ屋みたいな小規模小売、言ってみればフード系ベンチャーが火をつけたブームも、大手チェーンが乗り出してきたらベンチャーは吹っ飛ばされる、ということかもしれない。

 

そうした話はややネガティブな話だが、ポジティブに考えると、同じ商品でもターゲットを変え、販売チャネルを変えると、まだまだ市場が開けるということだろう。
街のオシャレタピオカ屋という販売チャネルにはアクセスしづらい中年男性も、ドトールという販売チャネルならタピオカにアクセスできる。その結果、潜在市場が開けたわけだ。

 

ターゲットを変えて市場開拓した例としては、古くは「オヤジギャル」がある。
バブルの頃、それまで「オヤジ」のものだと思われていたゴルフや居酒屋などに進出した「ギャル」のことである。
また、体育会男子のものとされていた牛丼も、バラエティ豊かなトッピングを展開したすき家によって、女性やファミリーなと新たな市場を開拓した。
近年では、スターバックスによって、それまで日陰に追いやられていた甘党の成人男性が、フラペチーノなどのスイーツ市場のカスタマーとして開拓された。昔は甘党の成人男性は肩身が狭かったのである。

 

新たなターゲットによる市場開拓について、気をつけるべきは販売チャネルを分ける、ということだ。
たとえば美容院なども、男性客が増えると女性客が行きづらくなる。
あるいは、インバウンド政策により外国人客が増えた観光地からは、昔からの日本人常連客が減ったりする。

 

販売チャネルを分けて新たなターゲットを開拓する、ということでパッと頭に浮かぶのが、「プリクラ」である。
「プリクラ」が登場して30年近くになるが、中年男性の市場は開拓していない。
だが、「プリクラ」に心惹かれる中年男性というのは一定数いるかも知れない。ほら、中年男性というのはやたらと記念撮影好きじゃないですか。
だから「プリクラ」を新橋ガード下とかに設置して、酔ったサラリーマンとかに使ってもらうのである。
会社の飲み会とかでプリクラ撮って、「華の営業部✌️」とか「今日も飲んでまーす🤣」とか「社畜上等😭」とか「ズッともだょ💕」とか書き込んでもらうのだ。ほらやたらと絵文字多用したライン送ってくる中年男性とかいるじゃないですか、よう知らんけど。

 

マジメに需要はあると思っていて、海外の学会でも、専用プリクラ設置して、研究者とかが喜んでプリクラ撮ってる光景をsnsで見たことがある。
ZuttomoDayo💕

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

 

 

米津玄師『パプリカ』を聞く。

だんだんと上がっていく朝の湿度と温度。
夏休みが始まる期待感。
早朝に家をこっそりと抜け出して近所の友達と落ち合うワクワク。
日差しの中くねくねと曲がる秘密の小道をゆくドキドキ。
セミの声、蚊取り線香の匂い、遠くで鳴る花火。
時間を忘れて遊んでいるうちに訪れる夕暮れ。
どんどん濃くなる夏の夕闇と不安感。
終戦記念日とお盆が与える死の気配。
父親が観ている甲子園中継から試合終了のサイレンが聞こえて、また誰かの夢が終わったことを告げた。

米津玄師『パプリカ』は、そんな子どもの頃の夏を全て詰め込んだ名曲だ。
子どもの頃の夏の喜びと美しさ、切なさを歌った曲としては、井上陽水『少年時代』に匹敵する。
この時代に米津玄師という才能と生きられるのは、日本に生まれた者としてこの上ない幸運と言えよう。
願わくばこれからも無数の名曲を紡いで欲しい。

それにしても、『lemon』、『パプリカ』と立て続けに名曲を世に送り出す米津玄師。最終的に出来上がるのは『フォー』ではないかと誰かがツイッターで言っていた。次の名曲の名は、『ヌクマム』。

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

 

 



『無罪モラトリアム』に関する小考察ー「九十九里の祖母の手はしわしわか」

「グレッチとは何か」
「女王とはハードなほうか」
九十九里の祖母の手はしわしわか」

林檎初心者の僕にとって、大きなナゾは上記の3つである。
グレッチに関しては、おそらくスパナのような工具の一種であろうというのが通説のようだ。
これに付随した主人公像のナゾに関し、先般発表されたアルテイシア氏の考察では「ラット一つを商売道具にしている」ことから、主人公を都心に勤務する女性研究者と推測していた。
たしかに主人公が女性研究者だとすると、毎晩ベンジーベンゼン類の愛称であろう)が肺に移ってトリップするのも無理はない。早急にベンチレーターの導入が望ましい。
また(研究者をあきらめて)ピザ屋の彼女になろうとした場合には、共同研究者であるベンジー(ベンジャミンの愛称)に殴ってでも止めてもらおうという主人公の不退転の決意にはまことに頭が下がる思いである。
ちなみに共同研究者のベンジャミンは苦学してアメリカの大学で学位をとったアフリカ系のナイスガイだ。聞くところによるともともと東アフリカの王家の一族だがクーデターによって国を追われ、偽造パスポートでアメリカ、日本と転々としているという。このため時々、銀座で警官ごっこを演じるハメになるが、まことにもって世の中は国境を越えても盛者必衰である。

次の論考に移りたい。
歌舞伎町の女王というからにはやはり夜の世界に君臨するのであろう。
しかしここで我々研究者はふと立ち止まらざるを得ない。
ここでいう「女王」とはいわゆる一つのハードな「女王サマ」なのであろうか。
山田詠美的な「女王サマ」であった場合、曲のイントロの激しいドラム連打はムチの音の比喩ということになる。
しかしながら「歌舞伎町の女王」が、キャバクラ政府のナンバーワンを指すものだとするとまた解釈は変わってくる。
その場合、曲の途中の口笛は、明け方の歌舞伎町に響く、いわゆる「ボトルの入れすぎで尻の毛まで抜かれたオケラなお客」が奏でる悲しき口笛ということになる。
今後の研究課題である。

さて、最後の「九十九里の祖母の手はしわしわか」問題に移りたい。
現代社会は、初婚や出産の年齢がどうしても遅くなる傾向にある。
しかしながら一方で、結婚や出産がすごく早くなる人もいる。平成の歌姫、安室奈美恵氏が20歳前に結婚して驚いたのをご記憶の方もいるであろう。
さて、くだんの主人公の母もまた、「歌舞伎町の女王」であった。
主人公を出産した後も主人公の母は現役の女王であったことから、体力的にもその時点で母は20代であったと推察される。
一般的に、若くして結婚する家系というのは代々早婚な傾向にあるから、20代の母のそのまた母もまた若く、おそらく40代ではあるまいか。
これが「九十九里の祖母の手はしわしわか」問題の論拠である。
九十九里は漁村でもあるので、日々の過酷な労働の結果、若くしてしわしわの手になったということであろうか。

まだまだナゾは深まるばかりだが、最大のナゾは、発表から20年経つのにこれらの名曲たちが人々の心をとらえて離さないなはなぜか、ということである。

明らかに蛇足だが、「ジェイアール新宿駅東口を出ると私の庭、大遊戯場歌舞伎町」の部分を「E電新宿駅」としなくて本当に良かったと思う。

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45